浅田常三郎先生は大阪大学理学部創設時の物理学科の教授であり,「理学部」でありながら物理学の研究成果を世の中の役に立てるべく研究に取り組まれた,当時としてはユニークな研究姿勢を貫かれた方です.このため,この本では浅田先生は産学連携の祖,として描かれています.当時の産学連携,というのは第一に「軍事産業」との連携でもあり,どちらかと言うと軍学連携に近いものであったのかもしれません.しかしながら,戦前,戦中にかけての産学連携の経験と活動がのちの研究の幅を大きく広げたのは確かです.飾らない人柄で多くの学生さん,お弟子さんを育成された教育者としての業績も素晴らしいものがあります.二十数年前,私が学生だったころには,浅田先生のような戦前の学問の草創期をご存知の方々の薫陶を受けられた先生方が大学にたくさんいらっしゃったようです.この本にも,浅田先生の学生さんや共同研究者として登場する先生方で,直接お会いしたことがあったり,お話を伺った経験もあります.あの時代にもう少し先生方にお話を伺っておくべきだったかと思います.
著者の北澤先生は元東大教授,高温超伝導のブームの先頭を走っていた科学者で,現在はいわゆる日本のfunding agencyである独立行政法人科学技術振興機構の理事長でいらっしゃいます.大学の現場で研究や教育に取り組んでいらっしゃった立場から,競争的研究資金を配分する側に立場を移していらっしゃいます.それでこのような本を著された訳ですが,内容は日本の科学技術は世界トップレベルで,かつ,それはfundingのシステムが良いからだ,日本は金持ちだから,fundingを今の3倍ぐらいに増やしてほしい,と主張されています.その上で,新しい価値を創造しないと景気は回復しない,とのことで「第4の価値」として,仲間,生き甲斐,環境,地域,国,美しさ,社会正義,安全,,,などというキーワードを挙げておられ,「第4の価値」を創造し,これまでパチンコや競馬など享楽的に使われていたお金を「寄付」として科学技術に投資してもらう,というストーリーを述べておられます.それで,最後に「第4の価値」の例として,高温超伝導が登場します.サハラ砂漠の太陽電池から超伝導線で必要なところに電力を供給する,「炭酸ガスを排出しない」リニアモーターカーが移動や輸送の主流になる,など,こういった「第4の価値」を持つ事業に「寄付」することによって投資してもらうということを真面目におっしゃっています.設備の建設などに必要となるエネルギーが見積もられていない,などという当たり前の反論をするまでもなく,読んでいておかしくなるほど「超伝導」のことしか分からない方なのではないか,と思ってしまいました.最後の方にあった,地球の地磁気がなくなっていくので,両極に超伝導コイルを設置し,磁場を発生させる,という話には「ローランド・エメリッヒの映画か?」と思わず失笑してしまいました.「地球防衛隊」という名称とも相俟って,素晴らしいエンターテインメントです.
井上ひさしさんが亡くなりました.ユーモアと風刺たっぷりの様々な作品を楽しませいていただきましたが,高校生の頃,井上ひさしさんの作品で初めて読んだのがこの「四十一番の少年」でした.後年のユーモアたっぷりの作品からは想像もつかないような,ご自身の体験を背景とする重いテーマに取り組んだ短編です.この本を読んでいなければ,放送作家として手がけられた仕事や後に書かれた様々な作品のユーモアの裏に潜んでいる反骨精神が理解できなかったかもしれません.また,言葉の一つ一つを大切にするかのような文章も,後年書かれたようなやたら長い小説の背景になっているような気がします.妥協のない表現を追求して行くと,長い文章となってしまった,そんな気がします.ご冥福をお祈りします.
ハリー・ハラーという50歳近くなったアウトサイダーを描いたこの作品,若い頃ヘッセに凝ったときにも読んだ記憶があります.周囲と同調できない単なるアウトサイダーのストーリーのように思っていましたが,ハリー・ハラー,すなわちこの本を書いたときのヘルマン・ヘッセ(イニシャルが同じH・H)の年代になって読み返すと,何となく分かったような気にもなります.周囲と同調しないという意味ではハリー・ハラーほど無軌道ではありませんが,私にもその蛍光があります.文明批判という点においてもカーナビを使えば「バカになる」と思いますし,携帯のメールやネットは画面が小さいので「視野が狭くなる」と言いながら拒否しています.もっと言えばマニュアル車以外に乗る気はないので,いわゆる「エコカー」には乗れません.そんなものに乗るぐらいなら,車に乗るのをやめようかと思っています.自分でものを考える時代に,ようやくなったのかな,と思います.「荒野のおおかみ」であるハリー・ハラーほど,悩んでいませんが.
初めてコミックスを取り上げます.昔は漫画雑誌を毎週読んでいましたが,最近はぜひ読みたいという漫画が少なくなりましたので,毎週読む雑誌はありません.この「岳」は連載開始間もない頃,どこかで読んで感動し,単行本になり次第買って読んでいます.思わず涙が出てしまって,電車の中で恥ずかしかったこともあります.
既に11巻を数えていて近いうちに映画化されるらしいですが,映画には向かない話だと思います.人の死と正面から向き合うことになる訳ですが,映画で表現してしまうと刺激が強すぎ,避けて通ればこのコミックスの本質を避けて通ったことになると思います.このストーリーを表現するには「マンガ」が最も適しているのではないかと思います.